井端 純一オウチーノ代表取締役社長
圧倒的な流通量を誇る米国の中古住宅市場。それを支えているのが、スピーディで透明性のある取引を可能にする、MLSという不動産情報システムだ。いったいどのようなシステムなのか、米国の不動産市場はどこまで進んでいるのか。オウチーノの井端純一社長が、全米リアルター協会の日本大使を務めるジェイスン渡部氏に聞いた。
- いばた・じゅんいち/オウチーノ代表取締役社長。同志社大学文学部新聞学(現メディア学)専攻卒。リクルートを経て、『週刊CHINTAI』『ZAGAT』取締役編集長などを歴任。2003年、ホームアドバイザー(現オウチーノ)を設立。新築物件・土地専門サイト「新築オウチーノ」、中古物件専門サイト「中古オウチーノ」、リフォーム業者入札サイト「リフォーム・オウチーノ」、建築家マッチングサイト「建築家オウチーノ」、賃貸物件専門サイト「キャリルーノ」などを運営。著書に『広報・PR・パブリシティ』(電通刊)などがある。
―― IT化で一気に加速した米国の不動産市場改革
井端 今、米国の住宅・不動産市場で中古住宅の比率はどれくらいですか。
渡部 8割以上です。新築物件は都市計画に基づいて供給量がコントロールされています。それに何より、中古住宅は新築に比べ約3割安いのが魅力です。
井端 米国は、ライフステージに合わせて多くの人が5~6回住宅を買い替えますね。中古住宅の流通量が圧倒的に違う。それを支えているのが、利便性の高い流通システムです。
特に米国にはMLSというデータベースシステムがあり、不動産業者が情報を共有して、一般公開している。こうしたシステム構築の背景には何があったのでしょう。
渡部 米国では不動産取引が重要な経済エンジンとなっています。そのきっかけは1930年代の世界恐慌後、ルーズベルト大統領が国民の住宅購入支援のために、住宅ローン債権を証券化して自由に売買できるシステムをつくったことでした。
これにより世界中からお金が集まるようになった。経済が動き、消費者の住宅購買意欲も高まった。そこで必要になったのが、株取引と同様、情報の即時性、取引の公正さなど、透明で効率的な流通システムでした。
その理念を具現化したのが70年代に本格始動したMLSです。当初は紙媒体を使ったシステムでしたが、90年代からIT化され、今では誰もが、現時点で売りに出ているほぼすべての物件情報をインターネットで閲覧することができます。
井端 70年代以前は、米国も日本と同じような状況─つまり、各不動産業者が物件情報を握っていて、買い手を自分で見つければ、売買双方の手数料が得られる、だからできるだけ情報を囲い込むという、閉鎖的な市場でした。それが劇的に変化してきた要因は何でしょうか。
渡部 米国でも当初は反対の声がありました。特に物件情報が豊富な大手不動産業者が抵抗したと聞いています。しかし、どんなに多くの物件情報を持っていても、買い手が見つからなければ利益は得られない。1軒の家を売るのに何ヵ月もかけていたら、結局、経営コストに跳ね返ってくる。それよりお互いの物件情報を共有して公開し、取引回数とスピードを上げたほうが、メリットが大きいとわかってきたのです。
―― 公平な取引のためには罰則規定もある
井端 さらにIT化があります。
渡部 ええ。IT化がものすごいスピードで広まっていくのを目にしたときに、不動産関係者の多くが、ここは腹を決めて情報を公開しなくてはいけないと考えました。止められない流れならば先手を取って流れに乗り、自社がリーダー格をキープできるようにしたほうが利益につながると考えたのです。また、自社が情報公開を拒んだことがわかったら、後世の消費者にどう映るか、ということも意識したはずです。
井端 なぜ今回、米国不動産市場とMLSのお話を詳しく聞くかというと、日本にもREINS(不動産流通機構)という不動産情報ネットワークがありますが、米国とは成り立ちが違うだけでなく、機能も異なります。もちろん、米国と日本では不動産取引のスタイルも違うのですが、情報ネットワークの仕組みは米国のいいところを取り入れることが可能なはず。情報公開とスピード化の流れは消費者に大きなメリットをもたらし、市場を活性化させるはずです。
渡部 私たちはMLSを発展させる過程で、不公平にならないよう運用ルールを設け、地域ごとに評議会をつくりました。物件情報は入手したら24時間以内にMLSに登録しなくてはいけないし、登録後48時間以内に、その物件にロックボックス(情報履歴が記録でき、ドアを開閉する鍵)を取り付けなくてはいけない。こうしたルールが細かく決まっていて、破ると、罰金や退会といった罰則も定められています。
井端 ロックボックスは、評議会に参加している不動産業者なら、誰でも開けることができる。オーナーが留守の居住住宅も見学できて、実に合理的です。
渡部 見学に行ったのにロックボックスがなかったら、業者は罰金4万円です。仲介手数料を勝手に下げるのは認められません。情報が公平なら競争も公平であることが大前提。罰則は公正な競争のためにあります。
井端 MLSには契約書のデータベースもありますね。
渡部 はい。消費者の利便性を高めるために契約書を統一しました。どの不動産業者から買おうと契約書は同じです。消費者は取引の比較検討がしやすく、不動産業者によるごまかしも発生しにくい。標準化により会計事務所のコストも下がるので、カット分を消費者に還元することができます。また、住宅ローンの査定や不動産鑑定にもMLSのデータが使われているので、銀行によってローン審査の結果が違うとか、不動産業者によって売却査定額が違うといった不都合も生じにくくなります。
井端 消費者保護という点で、実に優れたシステムですね。
渡部 米国では、不動産取引はとても身近です。米国ではMLSで中古物件の価格が決まれば、次に売り手は週末にオープンハウスを開く。転勤になったら住宅を買い替える、あるいは子育て中は環境のいい広い家を買い、リタイア後は便利なコンドミニアム(日本でいうマンション)に買い替える、といったことが、ごく普通に行われています。とにかく物件の流通スピードが速いのです。
―― 美しい住宅地を育てる自主管理運営組織
井端 先般、渡部さんのご案内でシアトルを視察して驚いたのは、どの家にも塀がなくて、各戸の前庭がよく見え、植栽が整えられ……と、住宅地全体が大変美しいことでした。
渡部 そういう住宅地ができるのもルールがあるからです。米国ではコンドミニアムはもちろん、多くの住宅地にルールがあり、同意した上で入居します。日米の違いは、このルールを施行するための管理事務所をつくっているかどうかにあります。
井端 HOA(ホーム・オーナーズ・アソシエーション)という、住宅地の管理運営組織ですね。
渡部 チリひとつない道路も、住宅地の各戸のオーナーが月々の会費を出し合ってHOAを運営し、掃除をする人を雇うから可能になる。HOAのルールは街ごとにさまざまですが、いずれも破ると罰金が科せられます。
井端 住宅を持つ人の義務、といっていいですね。
渡部 例えば井端さん宅の芝生が伸びていて景観を損ねていたら、近隣住人がHOAに申し入れ、HOAから井端さんに「1週間以内に芝を刈ってください。8日目から毎日罰金を取りますよ」と連絡がくる。それでも井端さんが放っておくと、罰金が加算されてHOAへの借金が積み重なり、井端さんはそれを返済しない限り、家が売れないということになります。
井端 規則や罰則を設けてまで景観を守るのは、なぜでしょう。
渡部 住宅価値の維持です。「すばらしい住宅地だ」「この住宅地なら住みたい」と一般からの評価を上げることで、将来、有利な条件で家が売れます。
井端 ここが日米の住宅に対する考え方の大きな違いでしょう。日本では、住宅は社会資産と見なされない。米国では資産であり一種の投資。だから価値を上げるために手を尽くすのです。
渡部 買ったままで外壁も修理していない、キッチンシステムやカーペットは25年もの、といった家は、MLSに情報を公開した時点で、不動産価値が低く評価されます。逆にきちんとメンテナンスしておけば、高く評価される。オーナーたちはそれだけの維持費をかけている。MLSの恩恵を享受する不動産業者と消費者には、それぞれ義務や試練も伴うのです。
井端 ちなみに中古住宅のリフォーム率を見ると、米国は日本の約1・6倍多い。入居後最初にリフォームする時期も、日本が8・1年で米国が6・2年と、米国のほうが早い。さらに米国ではDIYも盛んです。
渡部 DIYやリフォームで、毎日の生活を楽しんでいる側面もあります。景観を美しく維持することで居住者が生活をエンジョイし、しかも次の世代の消費者が買いやすい。これが中古物件の魅力でしょう。
井端 住み継いでいくのですね。
渡部 日本でも今後、中古住宅やリフォームの市場規模が拡大していくと思います。そのときにMLSのようなシステムが検討されると思います。少なくとも米国は、この40年でそうした判断をし、それは正しい道であったと自負しています。
―― 不動産の世界でもグローバル化が進行
井端 米国の住宅価格の平均はどれくらいですか。
渡部 18万7000ドル、今のレートだと約1500万円ですね。その一方で高級住宅地では、億単位の家もザラにあります。
井端 住宅価格は年収の何倍まで、といった概念はありますか。
渡部 住宅ローンの年間返済額は、年収(額面)の25~28%以内でないと組めません。信用面でいえば、借り手は同じ職種に2年以上付いているかが問われるだけで、担保はすべて建物価値です。
井端 渡部さんの本拠地であるシアトルには世界的な企業が集まり、平均所得も高い。その一方で全米では格差が拡大し、経済も非常に厳しい状況にあります。そうした中で、米国不動産市場は、今後どのように推移していくのでしょうか。
渡部 もはやグローバル化は誰にも止めることができません。この流れに乗って、いかにリーダーシップを取り、経済や社会文化につなげていくかが政治や民間企業の知恵の見せどころだと思います。私が所属する全米リアルター協会は110万人以上の会員を擁し、米国の不動産市場を活性化する手立てを考え続けています。不動産も、今や米国だけで宣伝して、売っているわけではありません。
井端 この先は、日本と米国、オーストラリアなど環太平洋で不動産マーケットをグローバル化していくと、世界経済の新たな起爆剤になるかもしれません。
渡部 面白いですね。不動産は動かせない財だから、各国がしっかりと使用規制を定めておけばいい。例えば今、日本の森林が中国人に買われていることが問題になっていますが、国と不動産業界とが一体となって、厳密な使用規制を設けておけばいいだけのことです。森林や物件をどこの国の人が買おうと、日本にお金が移動するだけだと考えるべきです。
井端 なるほど、確かにそうですね。本日は興味深い話を、ありがとうございました。
※この記事は、週刊ダイヤモンド別冊『マンション・戸建て「極上中古」選び方完全ガイド2013』を基にダイヤモンドオンラインに掲載された、弊社代表井端の対談を転載したものです。